デッドボール
龍江にお世話になって30年以上になる。昨今は若い人たちの移住者も増えて、いろいろ活躍され龍江新聞でもその話題を目にすることも多くなっている。
名古屋生まれの私も子どもの頃から飯田街道という言葉をよく耳にし、まだ市電が走ってた頃は八事(やごと)という終点の駅の向こうの森を進めば飯田に行くことができると聞いていた。飯田を何故か他より近く感じていたが、そこに住んでお世話になるというのはつくづく縁あってと強く思う。
休暇で帰省した息子夫婦と初めて天竜ライン下りに乗ることができた。お盆前の連休だったが40人程乗れる舟はほぼ満席で、岸を離れ姑射橋辺りまでは波立つ流れだったがその後は穏やかな川面を下って行く。いつもの姑射橋から眺める天龍峡と違い、舟からの眺めは渓谷と呼ばれる通り大きな岩肌が続いている。その景色を見ながら遥かからの時の流れを感じる。久しぶりに体験してみないと分からないものに出会えて良かったと思った。
そしてお盆には都会に住んでる他の子ども家族も来て、川遊び、人形劇フェスタ、バーベキュー、時又の花火、何よりこの環境等々、都会では味わえないものに大満足で帰っていった。そんな楽しそうな顔の子どもや孫たちを見て、いつか移住してくればと密かに願っている。(H・T)