デッドボール
「人生は一行のボードレールにも若しかない」という芥川龍之介の文章を読んで以来、僕は他の作家達の作品の中に「ボードレール」という詩人の名を目にする度に、どこまでも追い掛けて来る影のような、忍び寄る不安に近いものを感じるようになっていった。 「自分の人生はボードレールの詩たった一行にも及ばない」僕にはそんな諦観のようなものが、いつも何処かしらに巣食っている。
話は変わるが、江戸川乱歩という作家の名前がエドガー・アラン・ポーから来ていることを知っている人は多いと思う。推理小説の始祖と言われるポーは米国人作家で、かなり付き合いづらいタイプの人間だったようだ。人の作品の批評もしており「この作品は誤りに満ちているが、最大の誤りはこれが印刷されたことである」などと毒づいている。そんな具合だったからかポーという作家は米国ではあまり評価されなかった。ではポーを有名にしたのは誰か。それは遠く離れたフランスの大詩人、あのボードレールだったのである。ボードレールはいち早くポーの才能を見抜き、フランスに作品を広く紹介した。しかしボードレール自身、正当な評価を受けるまで死後約半世紀、ポーに至っては米国で評価されるまで死後約1世紀の歳月を要したのである。
(H・H)